2012年06月13日 21時16分更新
本来なら手術の2日前から入院するのですが、私は手術前日の朝に入院しました。仮の病室に案内されたあと、病院の昼食をことわって魚河岸あたりにでかけました。お昼ごはんですが最期の晩餐になります。これまでサヨナラ胃袋キャンペーンと銘打って美味しいものを食べたおしてきた私もとうとう年貢の納めどきです。最期なんで魚河岸で高級海鮮丼を食しました。これが胃袋へのレクイエム、最期の手向けとなります。この時点では「あーこれからの人生はオカユ食って生きてくんだなぁ」と思ってます。食べ終わって病室に戻ると「エサをあげないでください!」的な表示がテーブルにのってました。これから絶飲絶食です。
もどって病棟をぶらぶら探検してみると、入院患者が話しかけてきます。「あんたはどこね?」「私は九州出身なんですよ(^^)」「いや、どこのガンね?」「あー、胃ガンです(^^;)」さすがガン専門病院、会話もガン専門です。でも、みんなガン患者というのは気が楽です。なんか妙な連帯感みたいなものが醸成されます。しかも俺はここに転移したとか自慢されます。みんな明るいです。
午後は医師の説明を聞きながら、山ほどの免責書類にサインをします。なんか殺す気マンマンのような気がしますが、昨今の医療過誤裁判ばやりではしょうがないのでしょう。私は胃と脾臓を全摘出するのですが、他に腹膜も取っていいかとスレッガー似の医師が尋ねてきました。なんでも腹膜を取った人と取らなかった人で5年後生存率がどう変わるか統計をとってるらしいのです。「協力いただけなくても手術には全力を尽くします、手を抜くことはありません」と真顔で言ってます。キシリア(家内)は猛反対しており、スレッガーにガンたれています。私は、なんかいい人になってしまい「こうして手術を受けれるのも先人たちの協力の賜物でしょう」とサッサとサインしてしまいました。もう矢でも鉄砲でも持ってこいって心境です。開き直ったおかげで夜はぐっすり眠れました。
朝、目が覚めたら、さぁ手術のはじまりです。手術開始は午前8時半で約3時間半の手術だそうです。手術室には車椅子で向かいます。家内と弟が手術室に向かうエレベーターまで見送ってくれましたが、明るくピースサインでお別れしました。今生の別れかも...いえいえ術後死亡0%をほこるガン専門病院です。意外と怖くありません。手術室に入ってもまだ好奇心のほうが勝っていて、「これが手術室かぁ、テレビと一緒だ」などとはしゃいでいます。しかしそれも麻酔をかけられるまでのこと、あっというまに意識はなくなりました。私は麻酔が効きやすいようです...とっても(^^;)
結局、手術は予定の倍以上の6時間半かかったようです。大手術です。原因は...内臓脂肪が多く切りにくかった(スレッガー医師談)だそうです。ただ、そこからが大変です。麻酔が効きすぎた私は、自発呼吸が停止してしまいました。あわてて気管挿入したらしく、刺歯が欠けました。おぼろげに覚えているのはオスカ似の医師が「息をしてください、深呼吸を...」と叫んでいたことです。しかも夕方6時過ぎまで9時間以上寝てました。家内たちは3時間半と聞いていたのが、いつまでも手術室から出てこないので心配したようです。そんなことおかまいなしで寝てました。
目が覚めるとHCUにいます。HCUってなんでしょう?High Care Unitの略で高度治療室です。ICU集中治療室よりすこしマシな感じです。手術後2日間はそこで過します。ビックリするくらいコードだらけです。①心電図、②点滴、③硬膜下麻酔の管、④尿管、⑤酸素吸入、⑥お腹の膿を出すドレイン管3本、⑦手に結ばれたナースコール、⑧足のマッサージ機、⑨耳にはウォークマン(^^)なんてね。
とりあえず生還いたしました!つづきはまたの講釈で...
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