2014年09月08日 10時43分更新
その老人に出会ったのは、万座鹿沢口駅にほど近い、
隠れ湯中の隠れ湯「平治の湯」だった。
近隣のガスステーションで存在を尋ねてもわからず、私も、大げさでなく
たどり着くのに数年かかった。
浴槽の広さは畳2畳程度、洗い場を入れても定員は大人の男3人が限度だ。
入浴料金は200円。入口に賽銭箱のようなものが置いてあって、そこに
ちゃりん、ちゃりんと払い込む。誰も監視役はいない、善意だけが頼りだ。
湯の温度は40度に満たない。従って、長湯になり、自然に会話が始まる。
入浴者は近隣の農家がほとんどだが、彼は別荘の管理人と称していた。
年の頃は60代後半か。痩せ型で特に目立った身体的特徴はなかった。
湯は、彼の家から標高差300mぐらいのところで、驚く事に彼は、毎日
自転車でこの湯に通っていると言う。
「車でも結構かかるのに大変ですね。すごいですね。」
本心で驚いた。こんな老人が、車でも結構大変な道のりを、チャリで。
会話は続いた。
「ここまでは、大した事ないよ。」
「毎週一回は軽井沢の図書館に通っているよ…。」
冗談はやめてくれ。
軽井沢までは、反対側に標高差300m。ワインディングロードを車で
かっ飛ばしても30分以上かかる。
誰もチャリで図書館通いなど考えもしない。狂気の沙汰だ…。
この老人が…。
「人は見かけによらない。」とはよく言ったもんだ。
ただの爺さんだと思っていたのに。
聞いてみるもんだ。
そして、彼はボソッと言った。
「5年前ヨーロッパからの帰り、途中で中国で死ぬ目にあったけどね。」
「自転車でユーラシア大陸を横断するのは、さすが大変だった」と。
絶句!
「人は見かけ」とは、営業側を戒める言葉。
身だしなみに気をつけましょう。
「人は見かけではない」とは、実情調査、つまりインタビュアーに対する
戒めの言葉。
今流行りの言葉で言ったら「顧客の意向把握の徹底」といったことになるのか。
お役所に言われるまでもなく、傾聴せぬと、とんでもないことに。